でも、あえてルールをつくる必要ってあります?
面倒くさい、めんどくさい、メンドクサイ、、、
気持ちは伝わるけど、、、
ルールが必要な理由をきちんと押さえておこうよ。
- ルールは、権力の濫用を防ぐ効果あり(ブレーキ)!
- ルールは、活動に正当性を与えられる(ブレーキ)!
- ルールは、目的達成に合理的!
ブレーキをかける
前回は、ルールとは何かについて見てきました。今回は、ルールの必要性についてご説明します。
なっちゃんが言うとおり、ルールをつくること自体は、たしかに手間がかかりそうです。
ただ、前回ご説明したように、わたしたちのまわりには、たくさんのルールがあります。
つまり、手間ひまかけてルールをつくっているわけです。
じゃあ、どうしてそんなに面倒くさいことをしているのか。その理由について、一緒に考えていきましょう。
突然ですが、わたしたちに馴染みのある税金として、消費税があります。
みなさんが、日々収めているアレです。2023年現在、消費税が何%か知っていますか?
はい。10パーセントですよね(なお、軽減税率だと8パーセントですが、細かいことは置いておきます)。
具体的には、国税である「消費税」(7.8%)と都道府県税である「地方消費税」(2.2%)の合計で10%となります。
われわれが、日々、「消費税」と呼んでいるのは、この2つの税金の税率が合算されたものなんですね。
(税率)
第二十九条 消費税の税率は、百分の七・八とする。
(地方消費税の税率)
第七十二条の八十三 地方消費税の税率は、七十八分の二十二とする。
ただ、知ってほしいのは、消費税の豆知識じゃないんです(笑)。
この消費税が、たとえば、総理大臣が「国家の財政難だから、明日から消費税は100%ね。よろしく!」と宣言したら、わたしたちは、100%の消費税を支払う必要があるでしょうか?
果たして、総理大臣みたいに権力を持っている人に言われたら、支払わないといけないのでしょうか?
お分かりと思いますが、答えは「No」です。10%を超えて消費税を支払う必要はありません。
なぜなら、ルールでは、10%としか書いていないからです。
つまり、いくら権力者であったとしても、ルールに書いていないことはできないのです。
わたしたちは、定価10,000円のモノを購入し、消費税を入れて「11,000円」を支払うとき、「消費税が無ければなぁ」とため息をつくかも知れません。
しかし、逆に言えば、ルールがあるから、ある日突然、権力者の意向によって、ルールを変えることなく、消費税が100%となり、20,000円を支払う必要は無いということです。
そして、現在、ルールを変更するためには、国民の代表である国会でルール(法律)を変更しないといけません。
でも、今消費税を100%にしたら、確実に選挙に負ける(もちろん、合理的な理由もない)から、そんなルール変更はされないでしょう。
ある意味、ルールによって、権力が暴走しないように、ブレーキがかけられています。
その昔は、お金のみならず、権力者が気に入らないからといって、その生命まで取られる時代もありました。
今は、ルールの力によって、権力者の権力の濫用がおさえられていると言えます。
このように、ルールは、権力者が好き勝手しないように縛る役割を果たしているのです。いわば、ブレーキの役割と言って良いでしょう。
あたかも、写真のライオンのように、権力はいつ牙を向いてくるかわからないので、ルールという檻で囲っておくのです。
特に、法律などルールに基づいて権力を行使する力を与えられている公務員(行政)の活動は、ルールに基づいて、かつ、ルールを守って行わなければならないとされています(難しくは「法律による行政の原理」と呼ばれます。)。
アクセルをふむ
正当性を与える
では、先程の消費税の例であらためて考えてみましょう。
わたしたちが、消費税10%支払わなければならないのはなぜでしょうか?
はい。ルール(法律)に書いてあるからですよね。正解です。でも、ルールを守らなければならないのはなぜ?
でも、ルールを決めたのはだれですか?
はい。国会議員ですよね。
では、誰が国会議員を選んだのでしょうか?
はい。みなさん自身ですよね。
そう、結局、自分たちで決めたルールだから、消費税は支払わなければならないし、政府も大手を振って徴収することができるのです。
このように、ルールは、行政などの活動に根拠(正当性)を与えるという意味合いもあります。
つまり、先程の「法律による行政の原理」(ブレーキ)とコインの裏表の関係であって、一方では、ルールによって行政の活動にブレーキをかけながら、他方では、同じくルールによって行政の活動にアクセルをふむということをしているのです。
政策法務の視点
正当性を与えるというだけでは、まだアクセル全開とは言えません。
なぜなら、正当性を与えるということが「やっても良いよ」という程度であれば、消極的な意味合いでしかないと考えられるからです。
では、アクセルを全開にするためには、どのようにすればよいのでしょうか。
ここでヒントを与えてくれるのが、政策法務の考え方です。
政策法務とは、「ルールを手段として目的を達成すること」を広く指しています。
ルールをつくることが目的ではなく、あくまでルールをつくることにより、達成したいゴールを大切にすることを強調する考え方とも言えるでしょう。
実際に、因果関係は精査する必要があるものの、京都市の乾杯条例では、制定後に日本酒の生産量が増加したり、鳥取県の手話言語条例では、施策の充実が図られるなど、ルールがつくられたことを契機として、人々の困りごとが解決するように世の中が動いていきました。
消費税の例で言えば、「財政難だから消費税上げる」というだけで止まるのではなく、「消費税を上げることで世の中の困りごとがどれだけ解決するのか」「国が借金を重ねることがどれだけダメなことなのか」ということを、一市民である我々も考えていかなければならないのではないでしょうか。
なっちゃんたち、住民が目指すコミュニケーション条例も、なぜ条例制定が必要なのか、ルールをつくることをゴールにするのではなく、ルールをつくることで世の中がどのように変わるのかまで思い描けると素晴らしいと思います。
アクセルとブレーキ!!
ペーパードライバーの室長の例えとしては分かりやすいです!
それを言う、、、
どもです。
稲葉 馨・人見 剛・村上 裕章・前田 雅子(2023)「行政法〔第5版〕 (LEGAL QUEST)」有斐閣